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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)5062号 判決

一 請求原因(一)ないし(八)項は当事者に争いがなく、右によると、被告の製造販売するイ号物件が本件考案の技術的範囲に属することは明らかである。

被告は、本件実用新案権は原告が冒認手続によつて取得したものであるかのように主張するが、成立に争いない甲一号証、同一六号証によると、本件実用新案は原告の考案にかかるものであると認めるに十分であるから被告の右主張はいずれにせよ失当である。

二 そこで、次に被告の先使用に基く通常実施権の抗弁について検討する。

一般に、先使用に基く通常実施権の譲受人がその旨の登録なくして当該実用新案権者に自己の実施権を対抗しうるかどうかは暫らくおき、本件では、被告は、まず訴外藤原清治(被告の父)がすでに原告の本件実用新案出願の日である昭和四二年一二月五日以前おそくとも同年六月頃には本件イ号物件(本件実用新案権の実施品に該当する自動車後扉開閉装置)を自ら考案し業として製造販売していたと主張するのである。そして、甲一三号証(浅田益宏の別件証人調書)、同一五号証(被告の別件証人調書)、乙一号証(昭和五一年四月六日ミツワ産業有限会社代表取締役浅田益宏の書いた証明書)、同七号証(昭和五一年四月三〇日江南春夫の書いた証明書)の各記載は右被告の主張にそう(ただし、右各証拠によつても、その製造販売人は新日邦自動車工業株式会社であるというものもあつて、本件でいう先使用に関し右会社と藤原清治との関係が必らずしも明白ではないが、この点も暫らくおく。)。

しかし、右各証拠はそれ自体証拠価値の乏しいものであるばかりでなく(乙一、七号証はいずれも本件につき被告と同じ利害関係を有する者が書いた証明文書であつて、いずれも本件紛争発生後被告が原文を書いたものに言われるままに認証したにすぎない文書であることが、前掲甲一三号証の記載自体および弁論の全趣旨によつて認められる。)後記証拠に照らしてもとうてい信を措くことができないものである。

また、乙八号証(前記新日邦が昭和四二年二月一九日原告あてにコンテツサー用のハンドオートドアーすなわち自動車後扉開閉装置二セツトを納品したことを示す納品書で、右開閉装置の特徴として「右ハンドル」との記載があるもの)は一見イ号物件に関する納品書のようにみえるが、成立に争いない甲一六号証(原告の別件本人尋問調書)によると右にいう「右ハンドル」とは運転手席の右側にあるハンドルをいうのではなく、その左側にあるハンドルではあるがただ従前の位置よりは右側すなわち自動車前席中央床のもりあがり部分より右にして運転手席より左側にあるハンドルをいつており、またこの納品物件の回転軸も自動車前席の床下を通つておらず、前席の前方下(座乗者の足下部分)を通る構造のものであつて、以上の二点で本件イ号物件の構造とは全く異なるものであることが認められるから、右乙八号証もまた何ら被告らの前記主張を裏付ける資料とはならないものである。

そして、他に被告の前記主張を裏付けるに足る証拠はない。

かえつて、様式体裁により真正に成立したと認める甲二号証の一ないし三、成立に争いない同一四号証(大野邦夫の別件証人調書)により真正に成立したと認める同九号証、前掲同一六号証(原告の別件本人尋問調書)により真正に成立したと認める同一〇号証、一一号証、成立に争いない同一二号証、前掲甲一四ないし一六号証(ただし、一四、一五号証は一部)、成立に争いない前掲甲一五号証(被告の別件本人調書)により全部真正に成立したと認める乙四号証の三ないし四九を総合すると、本件については次のような事実が認められる。すなわち、

1 大阪府下ではおそくとも昭和四一年以前からタクシー業界を主たる得意先とする自動車後扉開閉装置の製造販売が行われるようになり、当業界では運輸省陸運局の勧告もあつてその技術改良が盛んに行われた。

2 これを原告についてみても、原告はかねてから当業界に身をおいてきたもので、当初は株式会社富士商会の肩書きを使い大野邦夫と共同で商売をし、昭和四二年三月には独立し今日に至つているのであるが、その独立の前後を問わず自ら前記開閉装置の改良に工夫をこらし、前後四回にわたり実用新案の出願をし、そのうち少くとも三件は登録を受け権利を取得し、いずれもその出願の前後ころこれを実施した。

いま右四件の技術上の変遷とその時期をみるに、その技術は概略別紙(〔編註〕省略)技術変遷図面のA、B、C、Dの各考案の順に改良されていつたのであつて(Aにつき乙五号証、Bにつき甲一一号証の記載の一部、Cにつき同一二号証、Dにつき同一号証参照)、まず、Aはハンドルが運転手席の左にあり、かつ回転軸は前部座席の下床でなくその前方下床の座乗者の足下にあることを特徴とし(昭和四一年七月二六日出願、同四四年一〇月七日公告、その後登録。したがつて、前示乙八号証に記載のものはA考案の改良型にすぎないことが明白である。)、Bはハンドルを運転手席の右にしたが、回転軸は座乗者足下にあることを特徴とし(昭和四二年一月下旬出願)、Cはハンドルが運転手席の右にあり、かつ、回転軸は前部座席下床に収めたものであるが、ただハンドルと回転軸は直杆を介して連結されていることを特徴とし(昭和四二年六月一五日出願、同五〇年一一月一〇日公告、その後登録)、Dは本件実用新案にほかならず、その構造はC考案とほぼ同じであるが、ただハンドルと回転軸を直接連結することとした点を特徴としている。

(このようなわけで、前記被告に有利な書証が果して右のような詳細な区別をわきまえた上のものであるか極めて疑問となるわけである。)

3 一方、藤原清治も当業者であつて、おそくとも昭和四一年当初から原告らの注文により前記A考案またはこれに近い開閉装置を製造し納品していたものであるが(ただし、新日邦の名において)、自らも昭和四一年七月二九日原告のA考案出願におくれること三日にして「自動車ドアー開閉機」に関し実用新案の出願をなし、これは同四五年六月四日には公告されたのであるが、その技術上の特徴は前記A考案の開閉装置について、ただ後部ドアーの取付部分(別紙変遷図A中Xで指示されている部分)に改良を加えたところにあつた。しかし、イ号物件を示唆するような考案をした形跡はない。

4 しかるところ、原告のA、B、Cの考案にかかる実施品(模造品)はかつて市場に出廻つたことがなかつたが、D考案すなわち本件考案にかかるそれは、原告が昭和四二年一二月その出願とともにその実施品を製造販売した数カ月後である昭和四三年四、五月ごろになつてはじめて市場に出廻るようになつた。

以上のような事実が認められる。

そして、右事実関係によると、藤原清治は本件実用新案出願当時自動車後扉開閉装置を製造販売していたのは事実であるが、それはイ号物件とは異なる構造のものであつたことが明らかである。

そうすると、被告の先使用に基く通常実施権の抗弁は爾余の判断をなすまでもなく失当である。

三 右によると、被告はイ号物件を業として製造販売することによつて原告の本件実用新案権を侵害していたものである。

そして、被告は右侵害行為について過失があつたものと推定される(実用新案法三〇条、特許法一〇三条)。

したがつて、被告は右権利侵害行為によつて原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

四 そこで、損害額について検討すべきところ、本件については実用新案法二九条一項により、原告の蒙つた損害額は被告が侵害行為によつて得た利益額と同額であると推定される。

そこで、被告がイ号物件の製造販売によつて得た利益額について検討するに、前掲甲一五、一六号証によると、被告は昭和五〇年八月二二日(本件実用新案公告日)以降昭和五一年五月末日(被告倒産の頃)までの間毎月平均少くとも五〇〇台のイ号物件を製造販売し、その利益額は一台につき二〇〇円を下らないものであつたことが認められる。したがつて、被告は右期間中イ号物件を製造販売することによつて少くとも一カ月一〇万円都合九三万二二五八円(昭和五〇年八月は日割按分計算)の利益を得たことが明らかである。そうすると、被告は原告に対して右同額を損害金として支払う義務がある。

五 よつて、原告の本訴請求は損害金九三万二二五八円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五一年一〇月一三日から支払いずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余を失当として棄却する。

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